神戸市

垂水の海神社の由来!八幡神社や六神社へのアクセス方法をご紹介!

更新日:

前回は垂水区の紹介をしました。

 

垂水区の案内その1

 

今回も垂水区の紹介です。

しかし、今回は…垂水区の神社の紹介になります。

※ 神社と思って毛嫌いせず、一度さらっと一読しみてください。神社もけっこう良い物ですよ。

 

 

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海神社

海神社の由来

海神社は「わだつみ神社」と読みます。

 

 

今から千八百年前くらいの昔、神功皇后(ジングウコウゴウ)が朝鮮半島よりの帰路、暴風雨のため、どうしても船を進めることができなくなりました。

皇后みずから綿津見(わたつみ)の神をお祭りになり、祈願したところ、たちどころに風波がおさまり御無事に都へ御還りになったそうです。

その時神功皇后が綿津見の神をお祭りになったところに御社を建て、御神徳を仰いだのが鎮座の由来だそうです。

 

ちなみに綿津見の神とは日本神話でも最初に登場する海をつかさどる神で、けっこう重大な、偉大な神です。

 

この偉大な神徳により、航海安全・漁業繁栄の神として仰がれ、さらにこの地が海や陸を問わず、古代交通の要地であったことから、交通安全の神としても仰がれております。

 

また海は万物をはぐくまる所。

 

海をつかさどる綿津見大神の娘 豊玉姫尊(トヨタマヒメノミコト)は彦火々出見尊(ヒコホホデミノミコト)に嫁がれて、皇室の親である鵜鶿草葺不合尊(ウガヤフキアエズノミコト)をお産みになりました。

 

そのとき大変安産であったところから、安産の神でもあり、彦火々出見尊は満珠干珠(みつたまひるたま)の霊力によって水をつかさどり、厄難を去る神であるところから、水産業・農業をはじめ水によって生計を立てる人の守護神であり、開運厄除の神でもあります。

 

 

 

とまぁ、地元から愛されるのが納得するくらいのご加護がいただける神様が集まっているのが海神社でございます。
神社巡りが好きな方はちょっと遠出してでも一度お立ち寄りしてみても良いのではないでしょうか。

海神社へのアクセス

それではアクセス方法です。


JR垂水駅もしくは山陽電鉄の垂水駅下車。
南(海側)に進んだら国道があります。国道2号線。
そこに面して大きな鳥居がありますのですぐ分かるでしょう。

JRでいうと西口から出たら、
南側(ターミナル側)に進む。
国道(最初の車道)に出たら左に進む。
すぐ見える。

東口から出たら、
南側(海側)に進む。
国道(車道)が見えたら右。
しばらくしたら見える。

というように、本当に駅の真南にあります。

八幡神社

八幡神社の由来

垂水の八幡神社は正式名称が瑞丘八幡神社(みずおかはちまんじんじゃ)と言い、通称名を垂水厄除八幡神社といいます。

 

創祀年代は不詳ですが、垂水の古社である海神社が当八幡宮の主祭神、神功皇后の祭祀により創祀されたと伝えられており(約1800年前)、その由縁から、往古よりこの地に祀られていたと考えられています。

 

現存する最も古い記録につきましては、現在のご本殿のご造営(文政6年、1823年)の際に奉納されたお札の裏書に、
「永禄七甲子年従上棟文政六癸未年迄二百六十年至」
(永禄7年[1564年]の上棟より文政6年[1823年]まで260年に至る)
と記されています。

 

一方、その札には、鎮守の西垂水村のみならず、東垂水、塩屋、下畑、東名、西名、滑、中山、奥畑、各村の庄屋、年寄の記名があり、また、明石藩家老の寄進安堵状(元和6年、1620年)に「垂水郷八幡宮」と記されていることから、垂水各村、明石藩からも尊崇され、垂水の八幡宮として祀られていたことを伺い知ることができます。

 

この垂水八幡神社が「垂水の厄神さん」や「厄除八幡さん」と呼ばれるようになったのは、中世(江戸時代)の頃から。

 

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もともとは、矢羽田(ヤハタ)の神、農耕の神として垂水の田畑が見渡せる現在の場所に祀られてましたが、中世に入り、その神威により厄除開運の神として崇敬を集め、毎年、正月18日、19日に厄神祭を行うようになったそうです。

 

そして、この厄神祭は開運厄除、健康長寿、家内安全を祈る祭事として今も受け継がれています。

 

昭和6年に天神さま、荒神さま、豊臣秀吉を祀っていました瑞丘社が八幡宮に合祀され、名称を「厄除八幡神社」「垂水郷八幡宮」から「瑞丘八幡神社」へと変更し、現在に至っております。

垂水厄除八幡神社へのアクセス

それでは垂水八幡神社への行き方です。

海神社と異なり北(山側)にあります。

JRだと、
東口改札を出る。
左(山側)に進む。
ずっと進むと垂水小学校がみえてくるがそのまま進む。
とにかく道沿いに進み続ける
で、たどり着けます。

舞子の六神社

六神社の由来

舞子駅近くにある六神社の創建は、元禄二年(1689年)まで遡ることができるが、神社に関する古記録が失われているので、それ以前については不詳である。

 

しかし、神戸市中央区にある走水神社のように当時から人々に拝まれていた崇高な場所ということで現存している可能性が非常に高い場所にもなります。
関東でいえば八王子という地域にもいえることですね。

 

話が脱線しましたので戻しますと、江戸時代前期中葉に、播州明石郡の山田村の総鎮守として六社大明神の社を建て、六柱の神を祀ったのが創始であると思われているとのこと。

 

やはりタイムマシンが無いので憶測にしかなりませんが、江戸時代に6人…6「人」と表現していいのか分かりませんが、6人の神様を祀ったのが始まりといわれています。

 

村人の崇敬の厚かったこの六神社は、明治初期の神仏分離令により明神号廃止され、六社神社と名所が変わり、明治7年2月に列し、六神社(舞子六神社)と改称し、現在に至っております。。

六神社へのアクセス

それではアクセス方法です。

JRでいうと、舞子駅。
山陽電鉄でいうと、西舞子駅が最寄りです。

西舞子駅の場合は下車して海側に進む。
左側に進むとすぐです。

JRの場合は、同じく海側に進み、
西側方面、つまり右側(明石や姫路、岡山の方)に進む。
左手に鳥居が見えたらそれ。

ですね。

この六神社は、
御祭神

伊邪那岐大神 伊邪那美大神 天照皇大神 素盞男大神 月夜見大神 蛭子大神

境内社

戎宮(蛭子大社)
大黒宮(大国主命)
大歳社(豊宇気比賣命)
白髭社(貴船大社)
稲荷五社(稲荷大神)
菅原社(菅原大社)
稲荷お松社(倉稲魂大社)

とけっこう有名どころな神様をすべて網羅していますので、規模の大きさの割には非常に有力な神社だと思います。
ここはおすすめです。

さいごに

今回は好き嫌いが分かれる神社専用の記事になりました。
本当神仏が好きな方は、特に神道が好きな方は楽しんで頂けたかと思いますが、宗派が神道以外の方は楽しめなかったのではないでしょうか。

次回は万人向けの垂水区記事を書きます。

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